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村上春樹のインタビュー [村上春樹]

 『モンキービジネス』という雑誌の第5号(2009年4月)に、村上春樹のインタビューが載っている。インタビューの日付は2008年12月16日、つまり『1Q84』の執筆中に行なわれたものだ。

 この70ページにわたるロング・インタビューに、村上は非常に真摯に答えているようにみえる。そしてここに、ある回答が与えられているように思ったので、メモしておきたい。

 ここで村上は、自分は総合小説というものを書きたいのだ、と語っている。村上の考える総合小説とは「とにかく長いこと、とにかく重いこと」「そしていろんな人物が、特異な人から普通の人まで次々に登場してきて、いろんな異なったパースペクティブが有機的に重ね合わされていく小説であること」だと言う。

 「いろんな話が出てきて、絡み合い一つになって、そこにある種の猥雑さがあり、おかしさがあり、シリアスさがあり、ひとつには括れないカオス的状況があり、同時にまた背骨をなす世界観がある。そんないろんな相反するファクターが詰まっている。るつぼみたいなものが、ぼくの考える総合小説なんですよ。だからもうすぐ、ぼくも六十を過ぎるわけだけど、ドストエフスキーとまではいかないにしても、ぼくなりのそういう総合小説を徐々にこしらえていきたいと思っているんです。」

 「ぼくにとっての総合小説というのは、たとえば、ティム・オブライエンの『ニュークリア・エイジ』がそういうものですね。あの小説のばらけ方と、ばらけることによって出てくる広がり。それからテーマがやたらと大きいことね。総合小説っていうのは、細部の出来よりは、全体のモーメントがものを言います。とにかくテーマがでかくないと面白くないですね。」

 いま書いている新作(『1Q84』のこと)はその総合小説なのか、という質問に対しては、「ある意味ではそれに近いものになりつつあるのではないかと思います」と答えている。
 
 なるほど、そうか。春樹は『1Q84』で「総合小説」にチャレンジしていたのか。たしかに『1Q84』の持っている世界というのは、ここで言われている総合小説の特徴を備えていると思う。つまり、春樹はけっこう健闘し、そうした試みもある程度かたちになっている、と言っていい。ティム・オブライエンの『ニュークリア・エイジ』(村上春樹訳、文春文庫)という例を出されると、たいへん分かりやすい。アメリカの学生運動時代の話で、大学におけるベトナム戦争反対運動に始まって、細部は忘れたけれど、とにかく物語がどんどんスゴい展開になっていく分厚いものだった。この本の訳者あとがきで、春樹は「総合小説」について書いていた。

 またインタビューでは、こうしたでかい話を書くには、当然、一人称ではとても書ききれない、だから長期的に見れば自分の小説は一人称から三人称にシフトしてきた、というように、総合小説へ向けた方法論についても述べているのである。

 「おそらく「蜂蜜パイ」(『神の子どもたちはみな踊る』収録)のような小説は、昔のぼくだったら、それこそ一人称で書いているでしょうね。そういうふうに書かなくなってきたのは、ぼくがそれだけ年を取って、たぶんもうこういう考え方はしない、たぶんもうこういう物の見方はしない、というところが出てきたからかもしれないですね。それが自分の中で嘘になっちゃわないように、一人称で書かなくなったという部分もあると思います。」

 『1Q84』の主人公は三十歳前後の男女であり、語り口は三人称である。前回、「春樹はなぜいつも若者ばかりを主人公にするのか」という疑問形の批判を書いたが、そうではなく、実は、ずっと若者を主人公にしてはいても、一人称から三人称へという変化を遂げてきている、ということだったのだ。そうした、小説家として一貫した成長への方向性を持っているという点、そういう方向性を読者にも語ってくれるという点は、春樹のエッセイなんかを読んでいて一番おもしろいところだし、評価したいと思う。

 少し脱線になるが、この引用の中でもう一つ目を引くのは、「自分の中で嘘になっちゃわないように、一人称で書かなくなった」という点だ。春樹はつねづね、小説家は嘘をつくのが仕事、と語ってきたし、今年2月のエルサレム賞受賞の記念講演でもそのように枕を置いた。しかし講演では続けて「でも、きょう、うそをつくつもりはありません。真実をお話ししましょう」と言って、ガザ地区における戦闘について言及したのであった(毎日新聞、2009年3月2日)。こういう、ウソとホントというところの考え方も興味深い。が、また別の話としておく。

 現在、3巻目を執筆中ということであるから、もしかして、この『1Q84』が総合小説として結実する、ということを期待できるかもしれない。まだまだ途上なのだ。『1Q84』も、村上春樹も。

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